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2006年1月13日 (金)

パピエ・マシン〈下〉

パピエ・マシン〈下〉
ジャック デリダ
中山 元(翻訳)

パピエ・マシンの下巻です。
小説のようにスラスラ読めず、時間がかかりました。
でも読むことを、楽しませてくれました。

下巻の目次です

「彼は走っていた、死んでもなお」やあ、やあ
ムミア・アブー=ジャマルのために
アルジェリアへの態度決定
「でも・・、そうでなく・・、かってなく・・、それでも・・、メディアについて・・・」
歓待の原則
「ソーカルとブリクモンは真面目じゃない」
「この紙面の制約のもとで」あたかも可能であったかのように・・
日曜日のわたしの「ユマニテ」
ホセ・ラインハのため
「いまフランスの哲学者であるというのは、どういうことなのでしょうか」
ユートピアではなく、不-可能なもの
「他者は他なるものであるからこそ秘密なのです」

彼の向き合う姿勢が、伝わってきます。
聖/性/正/清/制/静/政/征/声/牲「せい」の漢字10字です、
言葉遊びのようなものです。
この本と向き合って思ったことを、
記そうとしていますが、うまく表現できずにいます。

他者は他なるものであるからこそ秘密なのです
最終章のタイトルの通り、だからこそ関心を持つことがあれば、
無関心にもなれ、慈悲にも無慈悲にもなるのだと。
そして己自身にも、他者がいるのだと考えます

サルトルについて書いてる下巻最初の章のように、
彼自身も、「彼は走っていた、死んでもなお」やあ、やあ

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